美容学校を卒業し、美容室に入店するが、すぐスタイリストデビューは難しい。
美容室でアシスタントとして実践的なサロンワークをしながら、入店した美容室の経営理念や営業理念を学び、テクニックや接客・接遇を学んでゆく。
そして一人前のスタイリストデビューとなったときには、入店から5年以上も経っている。
スタイリストはそれなりの年齢になっており、美容室がスタイリスト育成のための投資に対して、それ相当の売上げを上げてくれのかという期待は、いかほどのものか。
なんとかこの育成機期間を短縮し、いち早く売上げに貢献できる仕組みができないものか。これが今、美容業界が抱えている課題だ。
この課題に取り組み、一定の成果を得ている美容室がある。兵庫県神戸市と姫路市に美容室を経営する TICK-TOCK だ。その実績を出すまでの経緯を探った。
「美容学校を卒業して入店。それからお店の理念・接客・技術・自己プロデュース力など、従来であれば4~5年もかけて一人前のスタイリストとして、デビューできるようにコストも時間もかけて育てます。
その頃には、そのスタッフは20歳代半ばになっています。
そのなかでもフリースタイル出勤や産休・教育制度がなければ、女性は結婚・出産ということで美容師を辞めてしまうことが多くあります。
やっと多くのコストと時間を投資し、一人前のスタイリストに育てることができたのに...」と述懐するのは、TICK-TOCK副社長の竹内克仁氏だ。
男性スタッフであっても同じ美容室で、一生勤め上げるには、それなりの売上げを上げてもらわなければならないし、それなりの役割やポストを準備しなければならない。
しかし、そのフィールドも準備されていないのが多くの美容室だ。
5年ほど前までTICk-TOCKも同じ悩みを抱えていた。
一方のスタッフも「一生このサロンで働きたい」と思っても、それなりに育つための仕組みや、一人前になった以降の美容室でのポストが用意されていない。
「仕方ないから辞めていく」とか「独立するしかない」ということになる。
今の経済状況で「独立したい」と思ってもなかなか叶うものではない。
まして美容店舗数が過剰気味になり、美容学生が減少傾向になっていることを考えれば、独立したはいいが、果たして継続してサロンが運営できるかといった不安がよぎことになり、逡巡(しゅんじゅん)するのが現状だ。
「じゃあ、個人事業じゃなく、企業化して一生 TICK-TOCK で働ける仕組みを考えればいいのでは。スタッフが考えるのではなく、サロンの経営者側がそのフィールドをつくってあげれば、スタッフも付いてくれるのではないか」ということが、この「自動的にミリオンデビューする」プログラムを考えようとしたそもそもの始まりだった。
その名のとおり、竹内氏の肩書は副社長だ。
最近は企業化している大型美容室も増えているが、TICK-TOCK での役割はトップスタイリストとしての売上げを保ちつつ、サロンワークが約5割程度でその他の時間は「月間100万円以上売上げるスタイリストを速成で育て上げるプログラム」の作成と全サロンの機能改善や管理などに費やしているのである。
そのプログラムは今でも改善の繰り返しだというが、新人スタッフが入社してから2年8ヵ月で月間売上げ100万円を達成した実績がすぐに出る。
しかも通常であれば、スタイリストの売上げはアシスタントの1人や2人も含めてということがあるが、TICK-TOCK のジュニアサロン「COLETTE」では1人のお客様に対し、カット・シャンプー・ブローセットなどオーダーのあったメニューすべての工程を1人のスタイリストが担当しているのだ。
したがって、1人のお客様に当たる時間は、アシスタントがつくよりも時間に対する生産性は、より高く設定しなければならない。
つまり客単価・時間単価を高くするという公道を取らないと、1人のスタイリストが月間100万円の売上げを達成するには、それなりの仕組みと努力が必要になってくる。
「通常、美容の仕事というのは、スタイリストのセンスに委ねられることが多い仕事です。技術の基本はある程度標準化できるかもしれませんが、それではスタイリストのモチベーションは上がりませんし 、同じ技術をいろいろなお客様に提供することがありえません。そこにはスタイリスト個人のデザインセンスがあり、お客様個々への接客・接遇が必須になってきます」と竹内氏は話す。
つまり、向上でも同じ製品を生産する工程ならば標準化が可能だが、「たとえば、営業マンが営業先へ営業をかけたときに、営業マンのセンスもあるし、営業先の相手によって応じた対応が必要になってきます。このような場合、標準化された営業法では限界があり、思った成果は得られないと思います」
基本技術は標準化されているが、その先の標準化が難しいセンスやデザイン性・接客・接遇などを細かく分類化し、それに基づいて数値化したものを竹内氏が中心となって、つくりあげたプログラムなのである。
したがって先に述べた「今でも改善がされている」というのは、センスやデザイン性・接客・接遇といった分野は、時代性やお客様の生きてきた時代背景が影響してくる。
それ以上にスタイリストの生きてきた背景も影響することから、それに対応したプログラムの項目の定義も変わってくる。
「今までの美容業界の常識では、お客様のニーズに対応できなくなっています。美容業界の常識って、一般常識・消費者の意識とはかけ離れている面があります」とオーナーの SAYURI 氏は話し、美容室の改革に取り組んだ大きな要因であり、きっかけだともいう。
さて、一人前のスタイリストデビューの短縮化が可能なプログラムができたからといって、どのようにサロンワークなどに運用していくのかが課題となってくる。
また、プログラムの各ステップの検証やそれに伴う指導などは、どのようにしていくのかも重要だ。
実際に COLETTE では、サロンワーク責任者である
店長の大久保雄祐氏が中心となり、運用に手腕を発揮した。
COLETTE は新しいサロンコンセプトで2013年2月に神戸、6月に姫路に従来の TICK-TOCK に併設して、「アカデミーサロン」として立ち上げたスタイリストデビューのための美容室だ。
デビュー1年以内のジュニアスタイリストがトレーニングのために低価格で技術提供する、25歳未満のお客様を対象にした美容室である。
この COLETTE でスタイリストデビューに向けて、実際のお客様に接しながら、いわゆる実践形式で学べるようになっている。
「スタイリストデビュー前は、ウィッグを使用したりスタッフ同士でカットし合う、あるいはカットモデルで技術やセンスを磨いてきましたが、それでは大きく売上げに繋がるスタイリストにはなれませんし、しかもスタイリスト速成にはつながりません」(SAYURI氏)
こうした実践形式でお客様の意見を取り入れたりしながら、いち早くスタイリストへの階段を上っていくのである。
ステップアップに際しては、お客様の意見だけではない。その検証については、いくつかの方法を取り入れている。
まずはスタッフ全員がこのプログラムに取り組んでいるが、その情報が共有化されているのである。
「だれがどの段階にあり、あるいはどの項目が遅れているのか、ということがひと目でわかるようになっています。言い換えれば、自分はどの位置にあるのか、誰々よりもこの項目は抜き出ているか、この項目は遅れているかということがわかるようになっているのです」(竹内氏)
そのことから「ロールプレイング形式の感覚で、楽しく競わせるようにしているのです」と話し、今の時代に育ったスタッフのマインドを捉える手法を取り入れている。
しかし、これだけではスタッフたちだけで運用されてしまい、違った方向に向かってしまう可能性もないわけではない。また、スタッフ同士、上司や先輩とのリアルなコミュニケーションを取らずにパソコン上での確認だけでは片手落ちともいえる。
とりわけ、スタイリストの仕事はお客様の顔を見ることから始まるわけで、顔と顔を突き合わせた行動が必須だ。そのため、上司や店長が月1回のペースでスタッフと個別に面談をし、進捗状況の確認や指導を行っている。
その基本は「スタッフ自身の目標設定に対して、現状認識の確認と課題解決のためにどのように解決をはかるか、といった確認作業であって、それに対し、ティーチングでなくコーチン具という形で行います。あくまで主体はスタッフ自身です。上司からあれこれ指導や指示をすることでは、本人の成長も達成意欲も活性化しません」と竹内氏。
さらにスタッフがどの位置にいるのか情報が共有化されていることから、スタッフ同士のミーティングも行っている。
その形式は、社歴ごとのグループ、たとえば入社1年生だけ、2年生だけといったくくりのグループ形式、また、同じ課題を抱えているスタッフ同士のグループ、同じ課題でも先行しているスタッフと遅れているスタッフのグループ、女子会といった形式を取り、いかにして課題を早く解決に導くのかといったことが考えられている。
そして月1回開かれるのは、「クリエイティヴセッション」という名の全体ミーティングだ。
約40人のスタッフが全員参加し、これから100万円スタイリストデビューに向けてチャレンジするスタッフの決意表明と、そのスタッフに対し、応援メッセージや激励の言葉を発するスタッフとのやりとりがあり、スタッフのモチベーションアップスキルアップなどにつながる場を設けている。
2013年2月にオープンしたCOLETTEトアウエストは神戸市中央区の三ノ宮にあり、神戸のおしゃれな人たちが集まる街でもある。
三ノ宮駅と元町駅に位置する瀟洒(しょうしゃ)なビルの2階に TICK-TOCK に併設してある。
客層は25歳未満のおしゃれな女性がほとんどである。
メニュー構成は、カット2940円、TICK-TOCK が開発したカットスタイル「ステップボーンカット」(国際特許取得)が3940円、指名料が515円、カラー 3150円~、パーマ 3150円~、トリートメント 3675円~となっている。
これに対して、現在2人のJrスタイリストが従事しており、スタッフ1人が当るお客様は150名、平均単価6800円(店販売上比3%~5%)、オープン以来前月比5%アップとなっている。
TICK-TOCK や COLETTE の経営者をはじめ、スタッフがこの「ミリオンデビュー」を目標に掲げ、一丸となって達成しようと進んでいくためのものとして、TICK-TOCK 代表 SAYURI 氏が開発した「ステップボーンカット」という新しいカット技法・カットデザインがある。
このテクニックをいち早く会得し、お客様におすすめすることで、売上げアップにつながっているのである。
「美容師は『師』でなければならないのです。そのためにもブレのない統一された技術力が必要となります。統一された技術を継承すること。これが上司・部下との強固な信頼関係『絆』となっていくのです」(SAYURI氏)
この「ステップボーンカット」とは、「シンプルで非常に理解しやすく、モチがよくてお手入れがしやすいのが特徴。
スタイリストはもちろん、アシスタントにとっても理解しやすく、スタッフが自信を持ってお客様にお勧めでき、施術できます。
デッサンと展開図により、迷いのないカットができます。
西洋人の骨格をベースに確立されたカット理論を、東洋人の骨格にあてはめたときの矛盾を感じ、これを解決しようと5年の歳月をかけて考案したもの。
骨格のきれいな西洋人は、自分でカットしてもかっこよく見えます。
なぜなら、骨格矯正の必要がないからです。
骨格がきれいに見えると、どのようなデザインでも素敵に見えます。
しかし、日本人の平面的な骨格の場合、ただカットするだけでヘアスタイルが似合うかと言えば、少し疑問が残ります。西洋人のようなヘアスタイルを日本人に似合わせるためには、なによりも骨格矯正カットが大切です」(SAYURI氏)
「ステップボーンカット」は「小顔矯正カット」とも言い換えられている。
この「ステップボーンカット」の実績をベースに TICK-TOCK では、「アジアの女性を世界一美しく」というスローガンのもと、現在、国内外で普及啓蒙の一環としてセミナーを開催している。
国内では新潟から東京・西日本・九州・沖縄、またアジアの国々では、台湾や中国・上海などで行われている。
その内容は、「基礎コース」から「テクニックコース」「マスターコース」「クリエイティヴコース」「認定講師コース」となっており、この「ステップボーンカット」メニュー導入により「生産性アップ・客単価アップ」につながるという。
「ステップボーンカット」の普及に際して、TICK-TOCK と COLETTE では、スタッフが「動くメニュー」として自ら神戸市内の繁華街の若い女性に注目されるよう歩きまわり、またファッション雑誌の読者モデルとして登場したりといった活動や
地域清掃などのボランティア活動を行っている。
さらにお客様との交流や口コミによる普及の一環として、500人以上を動員するクラブイベントやフリーマーケット、懇親パーティーなどを開いている。
単に「技術を提供するスタイリストと提供されるお客様」の関係を越えた美容室運営のイノベーションであり、この活動自体も「ミリオンデビューのプログラム」に組み込まれているのである。
さて、ここで入社2年8ヵ月で月間売上げ100万円を達成したスタイリストの小林竜太氏にミリオンデビューまでの経緯を聞いた。
「美容業界って体育会系かなというイメージがありました。
性格的にマイナスイメージを持ってしまうところがあり、学生時代にも何かにつまずくと1人で考え込んでしまう傾向があったのですが、TICK-TOCK に入社してからは同じ課題を持つ者同士が励まし合い、同じ目標に向かっていける仕組みがあり、そのステップを踏んでいくうちに自然とミリオンスタイリストになっていたというのが正直なところです。
今後はもっともっと上を目指すと同時に、このプログラムをよりよいものにし、後輩や課題を抱えているスタッフに対し、よりよいアドバイスができるようにしていきたいと思います」
ちなみに小林氏の店販の売上げ比は、売上額の約20%に達し、月間売上げ150万円の目標設定をしている。
つづいて、先述した全体ミーティングで、「今年12月までにミリオンデビューを果たす」宣言をしたアシスタントの幸太郎氏にその意気込みを聞いた。
「実は私は、この TICK-TOCK に客として通っていたのです。ですので、美容業界がどうだとか、他の美容室がどのようになっているとか知りません。入社したのは、なんとなく提供する側になりたいということからです。何年もかけて一人前になるよりも、いち早くスタイリストになって目標達成したいですね。上司や先輩の励ましや応援があるので、できると思います」
BBcom 2013年10月号